機械・衛生設備の設計を担当しています。
今回は、「快適性と節電行動」と題して、空調設計という観点から見た快適性の捉え方と、弊社での取組みを紹介させていただきます。
「快」とは
はじめに、建築設備設計に携わる者にとって興味深い著書 三木成夫著の”胎児の世界”を紹介させて頂きます。氏は胎児の成長に「生命記憶」を見出し、「記憶」とは「憶を記す」こととしています。その「憶」とは”寒くも暑くもない、(中略)そういった過不足ない状態を象るものといわれる。“として、「憶」は生命誕生から進化を続けた生命維持のメカニズムのことであると指摘しています。そして、人は”冷暖房完備という近代的な装備をほどこすに至るまで、(中略)「憶」のメカニズムを(中略)まねしつづけてきたのではないか。“と言い、空調設備が現代の建築において生命維持を行うための「憶」の代替であることを示唆しています。
そして、“わたくしどもがふだん「快」とよんでいるのは、たとえば、「炎天下の木陰」、「腹ぺこにご馳走」の様に、「憶」からはずれた「言不中」の状態から、「憶」すなわち「言中」の状態にもどる途中のプロセスをいっているのであろう。(中略)どうやら一日の大半を『説文解字』のいう「快」「不快」のない「真の快」で過ごしているようだ。”と言います。
本書では、胎児が成長していく過程で原始的な器官が複雑な人体器官にまで成長する様子を描いているので、ご興味のある方は読んでみると面白いと思います。
空調設備
さて、かの書から節電や省エネルギーを考える上で、「憶」、“「憶」の代替”、「真の快」という重要なヒントがもたらされました。このヒントを基に空調設備について考えていこうと思います。
① 現代の建築で「憶」(=人間の体温調節の仕組み)のみで暮らすにはどうするべきか?
空調設備が不要になるので一番の節電行動になります。はじめに思いつくのはクールビズなどの着衣量の調整です。ただ、言葉遊びになりますが「憶」は人間の動物的側面しか持ち得ないので、原始時代回帰的な発想になるのがたまにキズです。「憶」の進化を待つ(人間の変温動物化?)には時間がかかりすぎます。建築で、「憶」のみの生活を追求することは野心的な試みですが、今のところ、私には持ちあわせがありません。ヒントは「快」「不快」の連続性にあると思うのですが・・・
② 「真の快」を見極める。
かの書で“「憶」の代替”たる空調設備は「真の快」を作ることを指すようです。つまり、「快」「不快」を思い出させないような仕組みです。環境工学などで用いられる予測不快者率を0%に近づけることと同じことだと思います。
「真の快」を得るために最低限のエネルギーで済ます方法、これが空気調和設備における省エネルギーということです。ということは、目標である「真の快」を明確にしなければなりません。「真の快」は一般に6要素(温度、湿度、風速、放射、着衣、行動)を加味して決定されます。例えば、全空気式の空調設備は放射をコントロール出来ませんし、放射式の空調設備は気流をコントロール出来ません、これらの特性を見極め、ときには組み合わせて空調設備は構成されます。その際に、「真の快」にアプローチする空調方式の違いにエネルギーの使い方の差が出るため、様々な空調方式とそのエネルギー性能が問われています。
節電行動
さて、これまでは空調設備からの「真の快」へのアプローチでしたが、次は空調運用からの「真の快」へのアプローチです。「快」「不快」を思い出させないような仕組みは、エネルギー性能の高い空調設備で快適範囲を維持すれば良いということだけではありません。「真の快」を見極め、その条件を満たすような空調運用であればエネルギーを使う必要はないのです。
弊社の節電行動
ここで弊社の取組みを紹介します。弊社の空調設備は全空気式で各グループでの個別制御が可能なシステムです。
① 空調が不要な場所・時間にはエネルギーを使わない。
② 冷房時、建物の熱収支において有利な夜間時間帯は自然放熱に任せる。
そのような狙いで、弊社で行った空調タイマー設定による節電行動の結果を示します。図1は7月の空調吹出温度を日毎に色分けで示したグラフです。
図1 7月 空調吹出温度の時刻推移
空調を19:00に一度停止し、「不快」と感じれば空調復帰を各人が行えるという取り組みをしました。30%程度の割合で19:00以降は空調が不要若しくは自然放熱でまかなえるようです。空調復帰した日も吹出温度がリセットされ適正な吹出温度になる副次的な効果も見られます。また、数日ですが10:00頃から吹出温度があがっているデータもあります。これは窓を開けられる時は積極的に開けようという節電行動で曇り日などに窓開放をしたデータです。次に空調停止成功率を割り出します。空調停止成功の定義は空調停止後の温度データより低い温度データが19:00以降に存在しないこととします。これらを月別に空調停止時間の成功率で示すと表1のようになります。
表1 空調停止成功率と期待非空調時間(空調を使用しない時間)
空調停止時間が1時間の成功率は各月とも50%以上となり、全体では60%となっています。2時間の成功率は42%と1時間成功率よりも10%以上成功率が落ちてしまいます。更に3時間成功率も同様の落ち幅で落ちています。4時間と5時間の間には大きな差がないことから消し忘れの可能性が高いと考えられます。7-9月の成功率を期待非空調時間として置き直すと、空調タイマー設定を導入するだけで、1日の空調時間が1.7時間停止削減できることになります。空調時間は各事業所によってマチマチですが、仮に空調時間が17時間(7:00-24:00)であっても、空調エネルギーを約1割削減できることになります。
空調タイマーは説明書さえ手元にあれば10分もかからずに設定が可能です。あまり、早い時間から空調を停止すると、クレームのもとになるので気をつけて下さい(「真の快」を見極めて下さい)。
まとめ
今回は、快適性と節電行動というテーマで書き連ねて参りました。三木成夫氏著の”胎児の世界”より「憶」、“「憶」の代替”、「真の快」という重要なヒントを得ました。空調設備について考えるとき、これは役立つ考え方だと思い紹介しました。また、空調設備に頼らず「真の快」を見極めた空調運用も重要であるとの観点から、弊社での取り組みを紹介させて頂きました。空調タイマーを設定することで約10%の空調省エネルギーが期待できます。現在、弊社電力モニタリング結果を精査していますので、今後の弊社ブログをお楽しみにして下さい。
環境部 中村 北斗